いつかまた逢いましょう。
きっとこれは現実には叶わない。
逢えたとして、元気でいることを喜ぶことはあるかもしれないけれど
「あの頃」に帰ることには、ぜったいにならない
でも、この記憶の礼拝堂があれば、
自傷行為だとしても、また思い出に浸ることができる
輝く日々を生ききった
全盛期だったと胸を張れる旅の日々が、あの頃に完成していた
そんな日々に出会えたのは、私の意図などまったく関係のない偶然であり幸運であり、その合縁には今でも感謝しかありません
完成した跡を背負って、無理に歩こうとしてしまっただけで
さびしいけれど、せつないけれど
じゃあ、あの日々に出会えない方が良かったのかと言ったら、ぜったいにそんなことはなくて
胸が痛むということは、ゲームとしての虚構ではなく、本当にそこに何かがあったのです
私のROは、叶わなかった未練ではなく、完結した日々でした
だから胸が痛んでしまうだけ
だから今でも、
またいつか逢いましょう、と。ときどき思い出すのです(o˘◡˘o)
というお気持ちでした。おわり。
引退者のおもいでの戯言、失礼いたしました。