ある人は、私のことをROを遊ぶ天才とまで言ってくれたことがありました
ROの世界を愛した私に遊び場作りの才能があったとしたら、これらの記事はきっと成功例のひとつで
でもそんな毎日は永遠ではなく、後年、それが崩れました
私たちの、いちばんのムードメーカーさんだった方がお仕事の忙しさでログインが遠のき
2番目のムードメーカーだった私が自然と場の中心を任されることが多くなる
でも、それは1番目をこなす資質とイコールではなかったのです。
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それがきっと歪みの始まり。
もう、私は新しい誰かへ、場を開いて迎え入れる余裕はなく
むしろ、去ったひとが居たその場処が変わることを怖がる墓守として何も出来ずにいたのでした。
それでもひとりでも私はROを楽しめるのだと、ゲーム的にやり残したことに手を伸ばしてはみるけれど、
それは未練を認めたくない虚勢の日々で。